泣けるまぁちゃんねる

泣けるまぁちゃんねるでは 泣ける話し 感動する話し 素敵な話し 優しい気持ちになれる話し 心温まる話し そんな話しを紹介するブログです

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

忘れられないクリスマス

昨日にひき続きクリスマス特集です




22歳で結婚した俺は、嫁さんに幸せになってもらおうと、必死に働いた。


子供も2人生まれて、俺はもっと頑張った。


その甲斐あって、28歳で独立し、自分の会社を持つことが出来た。


33歳になった頃、普通よりはいい暮らしが出来ていたと思う。


嫁さんも子供も喜んでくれた。


だから、俺はもっともっと一生懸命働いて、会社を大きくすることを考えた。




しかし、そのツケは、俺の身体に降りかかった・・・


35歳の時に癌が見つかり、闘病生活が始まった。


と同時に、会社の経営も傾いていった。




37歳のとき、もう俺は死のうと思った・・・


こんな身体で、こんな貧乏で、でも何も出来ない自分が悔しくて、身のまわりを少し整理して、年が明けたら死のうって・・・


そんなことを考えていた年の瀬に、嫁さんと子供がクリスマスパーティーを開いてくれた。


貧乏だから、ケーキの変わりにドラ焼きで、その上にローソク立てて、小さいチキンもあって、シャンパンの変わりにコーラで、メリークリスマスって言っていた。


子供たちが楽しそうにはしゃいでいる姿を見たら、なんだか泣けてきた。


(俺がいなくても元気でやれよ)

そう心の中で思っていた。


もう何回もこうやって遊べないから、おもいっきり遊んであげた。




そして、子供たちが寝静まったあと、思いもしないことが起きた・・・


嫁さんにこう言われたんだ。


「あなたがどう思っているか知らないけど、私は今が一番しあわせよ」


俺はその言葉を聞いて、真っ暗に見えた世界に光が差し、「ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」


何度も言いながら、その場で泣き崩れた。




そのクリスマスの夜、二度と死のうなんて思わないと決めた。


病気も経営も、闘ってからだと・・・




あれから5年、癌はどこかへ消えてしまい、会社も順調。


今年のクリスマスは何をプレゼントしようかと悩めることも幸せなんだ。


よいクリスマスを
スポンサーサイト
  1. 2012/12/25(火) 23:28:11|
  2. 泣ける日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

理想の兄

昨年、クリスマスにまつわるお話しをいろいろ紹介させてもらいました

好評だったので今年も、泣ける話し、感動する話しをクリスマスに合わせて二つ紹介します






ある年のクリスマスイブのこと


ポールは、兄さんからクリスマスに新車をプレゼントしてもらった。


ポールがオフィスから出てくると、街でよく見かける少年が、そのピカピカの新車のまわりを歩き回っていた。


よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話しかけてきた。




「この車、おじさんのかい?」


「ああ、兄貴からのクリスマスプレゼントさ」と、うなずきながらポールは答えた。


少年はそれを聞いてひどく驚いた様子だった。


「えっ? おじさんの兄さんがくれたって?おじさんは全然お金を払わなくてよかったの?うわあっ、すごいな?ぼく・・・」


と、少年は何かを言いかけたが、そのまま口をつぐんでしまった。


少年は、「ぼくにも、こんな兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろう、とポールは思った。


ところが、少年の口から出た言葉にポールは耳を疑った。




「ぼくね、おじさんの兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」


ポールは、まじまじと少年の顔を見つめていたが、自分でも思いがけない言葉が口をついて出ていた。


「この車に乗ってみるかい?」


「本当?ウン」


車を走らせてまもなく、少年の目はキラキラと輝き始めた。


「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」


ポールは思わずニヤッとした。


きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいんだなと思った。


しかし、その憶測はまたもやはずれた。




「あそこに階段がついている家が見えるだろう?そこでちょっと待っててくれる?」


少年は車を降り、駆け足で家に入っていった。


しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。




少年が身体の不自由な弟を背負って出てきたのだった。


弟を階段の一番下に座らせ、車がよく見えるように弟の身体を支えた。


「ほらバディー、見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんの兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。それも、まるっきりタダでくれたんだって。お前も、待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をお前にやってやるからね。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車に乗って見に行こうね」




それを聞いたポールは何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ、新車の助手席に座らせた。


目をキラキラ輝かせた少年もその横に乗り込むと、三人はドライブに出かけた。


本当にすばらしいクリスマスのドライブだった。




このクリスマスの日、ポールは聖書のみことばをしみじみ感じたのである。


『受けるよりは与えるほうが幸いである』




「こころのチキンスープ」愛の奇跡の物語
  1. 2012/12/24(月) 23:14:57|
  2. 泣ける日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

先生大好き!ありがとう

ビューっと風が吹く寒い日だった。


前日の夜、飼い犬のシロが死んだ。


私が生まれる前から我が家に居た、大きな真っ白の雌犬だった。


優しい性格で、私にとっては姉のような存在だった。


学校に行く道すがら、ずっと涙がこぼれていた。


二年生の教室に着いて椅子に座っても、心の中はシロの事で一杯だった。


先生が入って来た。


笑い声が大きい、とびきり明るくて、どこか私の母に面影が似ている沢先生だ。


先生は私の顔を見るなり、「どうしたぁ?」と聞いた。


私はしかめ面に涙を一杯浮かべていた。


答えようとしたけれど、「シロが・・シロが死んで…。」と言うのが精いっぱいだった。


先生は、「そうかぁ、今日は悲しい日やな。思う存分泣いてもええで。」


涙が次から次へとこぼれた。


そこが教室でも、皆が見ていても止まらなかった。


先生は普通に授業を進めた。


友だちたちも、先生も、それきり何も言わなかった。


私は何者にも邪魔されずに、枯れるまで涙を流す事が出来た。




私たちが通う山あいの小学校は、人数が少なくふたクラスしかなかった。


私は一年生から六年生まで変わらず沢先生が担任だった。


母に似ている先生が私は大好きで、何かと甘えたり、ひっついたりしていた。


うちは母子家庭だったので、母は働きに出ていて不在気味だった。


そのせいもあって、先生は「お母さん」のような存在でもあった。


実際私は先生の事を何度も「お母さん」と言い間違えたが、先生は「お母さんちゃうでぇ。」と笑いながら頭を撫でてくれた。


夏休みや冬休みになると、先生に会えないのが寂しくて学校に行ったり、先生の家に遊びに行ったりした。


先生は私が一人で突然訪れても、迷惑なそぶりも見せず、いつも優しく受け入れてくれた。


皆の先生なのだけど、私にとって特別な人だった。




六年生になって、冬を越した頃先生は病気になった。


丸くて艶々した顔が、見る間に細くなっていった。


私たちは心配で何度も「先生早く元気になってやぁ。」と言った。


2月に先生はとうとう学校を休む事になった。


担任は臨時で教頭先生が兼ねた。


卒業式の前日、先生から家に電話がかかって来た。




「卒業おめでとう!六年間、よく頑張ったなぁ。先生卒業式に行けんでごめんなぁ。」


わたしはその声を聞いて、すぐに涙があふれた。


涙声で「先生、卒業式にはこれへんの?」と聞いた。


先生は「一足先に電話で卒業式やね。声だけやけど顔が目に浮かぶで。又泣いてるんか?小さい時から変わらへん泣き虫やなぁ。でもそれは、美代の良い所やな。優しい証拠の涙やな。」




卒業式で沢先生の電話の事をクラスメートに話したら、一人ひとり、皆の家に電話があったらしい。


先生は私たち皆を心から可愛がってくれた。


卒業まで担任ができなくて残念だっただろう。




それから私たちは山を降りてマンモス校の中学生になり、部活や新しい友人との毎日に埋没していった。




高校に入り、大学生になり、その頃初めて先生が亡くなったと聞いた。


卒業式のすぐ後だったという。


なぜ知らせてくれなかったのか…。


今からでも先生のお墓にお参りしたい。


そう思って私は先生のご実家に電話をかけた。




先生のお母さんが出られて、先生の生前のご意志で子どもたちにはその死が知らされなかったのだと聞いた。


優しくて大好きな子どもたち、その門出を力いっぱい元気に祝ってあげたい。


先生の死を悲しまないで。


先生はいつも皆の事を見守っています。


お母さんはそれだけ告げて電話を切られた。




先生、私は涙をこらえる事もできるようになったよ。


悲しくても、それを乗り越える力も身に付けたよ。


2年生だったあの時、先生が思いっきり泣かせてくれたから。


今の私は悲しくてたまらなくても、先生の笑顔を思って笑う事もできる。


でもやっぱり、涙が少し頬を伝った。


優しい証拠の涙やね。

先生、ありがとう。


先生、大好き。




NTT西日本コミュニケーション大賞より

「先生大好き!ありがとう。」

美代(ペンネーム)
  1. 2012/12/21(金) 00:37:04|
  2. 泣ける日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。