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ARIGATO作戦

3月11日、東日本大震災からちょうど一年。

いろいろありすぎて心の整理がつかなかったが、伝えたい話しや、知ってもらいたい話しを紹介していきたいです。

「TOMODACHI作戦」にお礼を言いたいと、とあるmixiユーザーがたった独りで感謝を伝えに行った。

彼は自らの行動を「ARIGATO作戦」と名付けた。

ぜひ知ってもらいたい話しなんで、そのままコピペします。




こないだ「トモダチ作戦」に関する日記を書いた時「どうにかして米軍の皆さんにお礼がしたい!!」と思ったオイラ。

そっちがトモダチならこっちは「ありがとう作戦」だ!!

あれこれ考えた末、UPしている震災前の名取の写真をまとめたフォトブックを見てもらおう、せっかく遠くから来てくれた彼らに、せめて写真でもいいから本来の姿を見てもらいたいと考えて、お手紙も一緒に仙台空港まで渡しに行くことにしました。

とはいえ、オイラの英語力は中学、高校と壊滅的に悪かったせいで、一昼夜でどうにかできるレベルでもなく…失礼なのを承知しつつ、イイネ!やコメントを残してくれた方のプロフィールを拝見し、英語が出来る方の何名かに、下記の文章を英訳していただけないかとお願いしたのでした。



拝啓
「トモダチ作戦」に参加されている合衆国軍全将兵の皆様。
名取市に暮らすものとして、合衆国軍の皆様にどうしてもお伝えしたいことがあり、筆をとりました。
私は、現在では一市民でしかありませんが、かつては日本の陸上自衛隊に所属していました。
それゆえ、皆様が過酷な訓練を乗り越えた優秀な軍人であり、そしていま現在どれほど辛く、危険な任務に従事されているか、わが身のことのように理解しているつもりです。
日々私たちのために、本当にありがとうございます。いくら感謝の言葉を書き綴っても、とても足りないほどです。

宮城は、かつて伊達政宗という武将が統治していました。
仙台空港の目の前を流れる運河「貞山堀」も彼が建設したものですし、また彼の鎧兜のデザインは、あのスターウォーズのダースベイダーのモデルにもなっています。
日本にはその彼の人柄にちなんだ「伊達」「伊達男」という言葉があります。皆様の言葉で言う「cool guy」のような意味です。
あの惨状の仙台空港に命がけで強行着陸し、僅か一日で復旧させ、多くの支援物資を運び、嫌な顔一つせず、私たちの支援を続けてくださっている皆様にふさわしい言葉だと感じています。

同封した写真は、仙台空港周辺の砂浜を、今年の1月に撮影したものです。
せっかく遠くからお越しいただいたのに、皆様には現在の惨状しか目にしていただけないのはとても悲しく感じ、せめて写真でもいい、是非本来の姿を見ていただきたいとの思いから、この手紙を書きました。
震災当初こそ、あまりの惨状に絶望し、思わず涙を流してしまいましたが、皆様のおかげで、この美しい本来の姿もすぐ取り戻せると、大きな希望を持つことができました。本当にありがとうございます。

「トモダチ作戦」に従事されている合衆国軍全将兵の皆様に、心より感謝と敬意を表して。



いきなりのお願いなんで「なんだこいつ」と無視されてもしょうがないにもかかわらず、皆さん全員から丁寧にお返事していただきました。
残念ながらお忙しかったり、被災して大変な思いをされていたりしていたのですが、そんな中、一人の方が快く英訳してくださったのです。
早速、完成したフォトブックと一緒に、1日に手紙を手に仙台空港へ向かいました。
空港のそばまで行くと、ちょうど米軍のC-130輸送機2機が着陸しようとしているところでした。
普通、飛行機が着陸するときは1機がまるまる滑走路を使うものですが、彼らは先頭の1機が滑走路の真ん中から前を、後続の1機が後端から真ん中までを…っという、滑走路を半分づつ使う妙技で着陸。




すっげえ…。
そしてmixiでは公言してなかったけど、飛行機オタクなオイラは気がついた。
これはただのC-130輸送機じゃない。普通は垂直尾翼に所属基地を表すテイルコードってのが大きく書かれてるもんだけど、それもない。国籍やUSAFのマークすら、敢て小さく、薄く、分かりにくく描いてる。
翼の空中給油用タンク、機首のセンサー、突き出たアンテナ。これは…MC-130P「コンバットシャドウ」じゃないか!!現物は初めて見たぜ!!
「コンバットシャドウ」は、ちょっとカワイイ外見とは裏腹に、アメリカ空軍の空の特殊部隊「空軍特殊作戦飛行隊」に所属する機体で、敵地で撃墜されたパイロットを救出したり、特殊部隊を潜入させたり、ヘリコプター部隊を支援したり、そして、瓦礫の山と化した空港にさえ涼しい顔で着陸し、一日で復旧させて支援物資を輸送するような、凄まじい任務を遂行するために作られた特別な飛行機。
アメリカは本気なんだと実感。そんじょそこらの輸送機とはわけが違う、機体も中の人もスペシャルな特殊作戦機を堂々と投入してるんだもの…。

そのままさらに歩いて仙台空港ターミナルへ。
ようやく到着した空港前の駐車場に広がっていたのは…。

あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
『瓦礫の山だった空港が、米軍基地になっていた』
な…何を言ってるかわからねーと思うが、
俺も何が起きたのかわからねえ…
頭がどうにかなりそうだった…
緊急展開とか支援だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を見たぜ…

とはいえ、フェンスも仕切りもなく外から丸見えだったので、中の様子をうかがってみた。
うろついてる兵隊は空軍のタイガー迷彩や陸軍のACU迷彩も混じってたけど、圧倒的に多いのはマーパット迷彩。
つまり「黙らん泣く子はぶち殺す」合衆国海兵隊の皆さんじゃないですか…。
あまり知られていませんが、アメリカ軍は全部で5軍に分かれています。
陸軍と海軍と空軍、そして海兵隊と沿岸警備隊です。
海兵隊は独自の艦船と航空兵力、強力な歩兵を保有し、どこかで何かがあった時真っ先に乗り込んで橋頭保を確保する、上陸作戦や強襲作戦を専門とする部隊で、陸海空全ての面での作戦能力を単独で持ってるわけです。
また、海兵隊は他の軍隊と違って「アメリカ本土の防衛」は任務のうちに入っていません。
外征専門の殴りこみ軍隊なわけです。従ってそらもう鬼のように強いわけです、ええ。
ちなみに沿岸警備隊は任務の内容や法執行権を持つ関係上、日本の海上保安庁と混同されがちですが、海上保安庁があくまで海の上の警察組織であるのに対して、沿岸警備隊は軍隊として認識されていますし、有事の際には海軍の指揮下で戦うことが明確に規定されています。余談の余談でした。

さてさて、そんな海兵隊ですから、オイラの中ではなまはげ以上、彼女さんの次に怖い存在なのです。とは言え、「ハロー」と呼びかけてみても車両のエンジン音やらなにやらのせいで誰も反応してくれず…仕方ないので恐る恐る中に入る。
でもって、どういうわけかやたらと強そうに見えるブルドーザーの周りにいた海兵さんたちに、ビビりながら声をかけてみた。「え、えくすきゅーずみー…」

(´・ω・)(´・ω・)(´・ω・)(´・ω・)ナンジャイ?

と全員の視線が突き刺さる。
う…こえぇぇ。なんかみんなガムくちゃくちゃしてるし。
そして素晴らしいガタイだし。
なんかね、身体の作りが根本から違う。
日本人がいくら鍛えても絶対ああはなれない、そんな感じ。K-1に出てても全然違和感ない。
むしろこいつら、本当はサイバーダイン社製のターミネーターなんじゃないかと。
実は目が赤く光るんじゃないかと。うう…ちびりそうだ。
けど「マジギレした彼女さんの方がもっと恐ろしいじゃないか」と自分に言い聞かせ、頑張って手紙とフォトブックを渡し、とにかく読んでくれとたどたどしい英語とボディランゲージで伝える。
早速読み始める海兵さんたち。

( ´・ω)(´・ω・)(・ω・`)(ω・` )ワオ…ビューティフォー…ナイス…ダテマサムネ…ダースベイダー?…リアリィ?…ダテオトコ…なんて言葉が辛うじて聞きとれる。

「どうもありがとうございます」

手紙を読み終わった、大尉の階級章をつけた海兵さんから、スーパー流暢な日本語と丁寧なお辞儀が返ってきました。
「アリガトゴザイマース」とか「サンキューデース」とかそんなんじゃない。
もう普通に日本語。会話の端々に嫌でも方言が混じるオイラより遥かに美しい日本語。
ビンゴ!!日本語でコミュニケーションの取れる相手にいきなりぶちあたった!!
改めてオイラの想いや写真を撮った場所、そして手紙は心優しい方が協力して書いてくれたんだといったことを説明。
それを大尉さんがささっと英語でみんなに説明してくれました。
ちょっとでも意思疎通が出来ると、さっきまでのコワさはどこへやら。俄然人懐っこく感じるから不自然です(笑)
事情を理解した他の海兵たちが次々と手を差し出してくる。

「サンキュー!!アリガトウ!!」
「サンキュー!!」
「アイム、ダテオトコ??」
「ユーダテオトコ!!」
「サンキュー、トモダチ!!」

いぇぇええええええええええええい!!

ってな感じで全員と固い握手。すっかりフレンドリーに♪
「…ところで」と大尉さん。「私達の司令官には会いましたか?」
「いえ…皆さんが最初にお話した相手です」
「私達の司令官はコゼニスキー大佐です。あちらにいるのでご案内します」
いやいやいやいや!!!!
平民ごときのそれがしが他国の将にお目通りなど滅相もございませぬ!!!!
うろたえまくるオイラの気持ちなんぞこれっぽっちも察することなく、「こちらです」とにこやかに案内してくれる大尉さん。
仕方ないのでそのまま、見ただけで指揮所用だとわかる天幕の前に案内される。
「ちょっとお待ち下さい」と入り口のとこで待たされる。中で「ブラックホークダウン」のサム・シェパードみたいな、やっぱりガム噛んでるいかつい紳士となにやら話してる大尉さん。どうやら彼が大佐らしい。フォトブックと手紙にも目を通している。

(´・ω・)(・ω・`)ゴニョゴニョ…。

(`・ω・´)カモン!!

「どうぞ」と、大尉さんにも促され中へ。
思わず自衛隊時代のノリで「入ります!!」っと大声で言ってました(笑)
「こちらが私達の司令官、コゼニスキー大佐です」

(`・ω・´)「コゼニスキー大佐デス。コノ度ハ、アリガトウゴザイマス」

大尉さんほど流暢ではないものの、それでも日本語で言い、丁寧に頭を下げてくれました。よく「アメリカにはお辞儀の文化がないから、彼らのお辞儀はとてもぎこちない」なんていいますが、大佐は日本の文化をちゃんと理解しているらしく、とても自然な所作でした。書き忘れていましたが、大尉さんもそうです。
改めて事情をお話し、大佐の「あなたが撮ったの?」「ここはどこの写真?」「ご家族や家は大丈夫だったかい?」といった質問を、大尉さんに通訳してもらいながらお話ししました。
「海兵隊にいて長いが、こんなに嬉しいことはなかったよ」と言われた時は思わず(´;ω;`)ブワってなった(笑)
大佐は最後に「ツマラナイモノデスガ…」っと、所属部隊のロゴが入った記念コインをオイラにくれました。
すげえ…一生の宝物が出来ちまった!!
バッグの中にカメラがあったので、本当は「記念写真をお願いします」と言おうかとも思ったけど、やっぱりやめた。支援とはいえ、彼らはいま作戦行動中なんだ。
写真を撮られていい気分なはずがないし、元自衛官だからこそ「兵隊は自分たちの宿営地にいるところを撮られるのは嫌」って習性もわかってたので、敢て言いませんでした。
一部隊の指揮官が、お忙しい中オイラなんかの相手をしてくれただけでもありがたいし、それに、おじいちゃんになってからも孫に繰り返し語るであろうほど、バッチリ記憶に残ったからなんの問題もない。

もう一度皆さんと堅く握手をして、その場をおいとましました。

そしたら、帰り道を歩くオイラを、大尉さんが追いかけてきたのです。
「これ、私のメールアドレスです。もしよかったら連絡下さい」と、お名前とアドレスの書いたメモを渡してくれました。
「写真とあなたの優しさに感激しました。ありがとうございます。頑張ってください♪」

なんてこった!!
オイラに合衆国海兵隊大尉のお友達が出来たぜ!!

じゃあ、っと大尉さんは忙しく任務に戻って行きました。
ホントはそのまま帰るつもりだったけど、ふと思いついたので、コインと大尉さんのメモを握りしめて、砂浜に向かいました。
震災前からお気に入りだった、仙台空港へアプローチする飛行機が目の前で見えるポイントへ移動する。
しばらく待ってると、水平線の向こうからまたしても「コンバットシャドウ」2機がやってきて、手の届きそうなところを飛んで行って着陸したので間違いないと確信。




「よっしゃ!!ここだな!!」っとわかったので、そこらじゅうに落ちてる木片を使って、空から見えるようにでっかく「ARIGATO」と書いときました(笑)
いびつだし、下手くそだからわかってくれるかはわからないけど、まあ、いい自己満足にはなったよ(笑)

いまは大尉さんへのメールを、辞書とテキスト片手に頑張って書いています。
あんだけ流暢だったんで、日本語で書いても余裕でわかると思うけど、ここはちゃんと英語で伝えるのがマナーってもんだ。
友達だしな!!
大変だけど頑張る(笑)

追記。
これがもらったメダル。
描かれているのは海兵隊のシンボルマークとSemper fidelis(ラテン語で「常に忠義・忠誠・忠実であれ」的意味)のモットー。




ちなみに裏には部隊マークが描かれています。
ぶっちゃけ、とても高価とはいえないちゃちなメダルだけど、それでもこれはチコ家の家宝にするし、「Semper fidelis」を家訓にすると決めた!!!!(笑)

更に追記
最近「この日記を転載したい」「リンクしたい」とおっしゃって下さる方から、コメントやメッセージを多数いただき、大変光栄に思っております。
この日記はウエシマ作戦中であります。
つまり、どうぞどうぞ!!
特にお断りいただかなくても、転載、リンクしていただいて結構です。

さらにコミュも作りました(笑)
「ありがとう作戦」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5567438


※4月11日またまた追記
(o・ω・o) ツルポ38さんに教えていただいたのですが、自己満足どころか、彼らはちゃんと気づいてくれました!!!!
しかもこんな温かいコメントまで…。
なんてこった!!!!涙でモニターが見えないじゃないか…。

http://www.yokota.af.mil/library/factsheets/factsheet.asp?id=18142

米軍が空から撮影したもの。




完成直後にオイラが地上で撮影したもの。




わかりづらいし、気づいてもらえるかも怪しかったんで、あえてUPはしなかったんですが、まさか気づいていただけるなんて…。
ちなみに船なんかに使うデカいロープで一筆書きしたため、Gだけやけにちっちゃいのであります(笑)




後日談もありましたのでそれも転載。




Operation Arigato!!外伝


マイミクさんから教えていただいたのですが、なんと空軍のパイロットさんが仙台空港前の砂浜にオイラが書いた「ARIGATO」に気づき、それを空軍公式発表のニュースにまでしてくれていました!!!!


4月3日、仙台空港の27番滑走路から800メートルほど離れた砂浜で、松の大木を並べて描かれたARIGATO(ありがとう)のメッセージが見られた。
同空港は3月11日の地震と津波により壊滅的被害を受けたが、嘉手納基地から派遣された第353特殊作戦群の支援を受け、3月16日に運用が再開され、人道支援活動の拠点となった。
(写真 ロバート・トス米空軍大佐)

"ありがとう"などもったいない。米軍にとって仙台空港の運用再開を支援出来たことは光栄です。




http://www.yokota.af.mil/library/factsheets/factsheet.asp?id=18142


これを知った時は、もう本当に涙ボロボロ、鼻水ダラダラ状態(笑)
「Operation Arigato!!」本文では「そこらじゅうに落ちてる木片を使って、空から見えるようにでっかく「ARIGATO」と書いときました(笑)」とさらりと書きましたが、実はこの「ARIGATO」を書くまで4~5時間くらいかかっているのです。
この時の想いや苦労は、自分の胸だけにしまっておくつもりでした。本当に、詳しく書くつもりはまったくなかったのです。
ですが、その時のことをちゃんと記さなければ、このニュースがオイラにとってどれだけ嬉しいものであるか、ちゃんとわかってもらえないだろうな~と考え直し、発表することにした次第です。よろしければ読んでみてください。

記事では松の木と書いてますが、違うんです。

確かに松の木も一部に使いはしたけど、ほとんどが柱や梁など、家の資材だったものなんです。
あと、船の部品とかですね。
まず最初に、2メートルぐらいの手頃な大きさの角材を見つけて、ナスカの地上絵よろしく、線で「ARIGATO」と書きました。幅も深さも10センチくらいです。ここまでかかった時間は1時間くらい。
最初はそれだけでもいいかなと思ったんだけど、周りにべたべた付けた自分の足跡のせいでイマイチ目立ってないし、最初に書いた「A」は早くも風で消え始めてて「これじゃあすぐに消えてしまうじゃないか…」と思い、そこら辺に散らばっている木片を使って、少しでも目立たせることにしたのでした。
空から撮影した写真の下の方に見えている、打ち上げられたものがたくさん溜まっている場所から、使えそうな資材を見つけて、一つづつ運びました。
水を含んだ角材や板切れって想像以上に重かったので、ぶっちゃけた話、結構辛かったです(笑)
おまけに手袋を持ってなくて、素手で持ち続けたもんだから、いつの間にかささくれや釘が刺さって、手が血まみれになってました。
血がボタボタ音を立てて落ちてくし、傷口に砂が入りこんでジョリジョリするし、けど水道なんてどこにもないから流せないし、おまけに嫌でも砂が靴の中に入って、足の裏が文字通りサンドペーパーをかけられたみたいになるし…。
痛くて痛くてたまらなかった。「G」まで書いたあたりで、もうやめようと何度も思いました。
単純に資材がクソ重いからでも、切れた手が痛いからでも、死ぬほど喉が渇いてたからでもなく…。
手にしたカケラの一個一個が、誰かの家で、誰かの幸せで、誰かの思い出がいっぱい詰まっているものだったから。オイラのよく知っている、あの美しい景色を形づくっていたものだったから。
そりゃあ、震災前にもこの砂浜には流木やゴミは打ち上げられていました。
だけど、家の資材や、車の部品や、船の残骸、ましてや非常持ち出し袋やハンドバックや、家族の写真や、何かのトロフィーがそこら中に散らばってるなんてありえなかった。
正直言って、体力的にもきつかったけど、それ以上に気持ちが折れそうでした。
けど、ここで辞めてたまるかと思った。元自衛官舐めんなよ!!なにより、これでも美大生だったんだ!! この手のでっかい「ものづくり」はお手のもんじゃないか!!って、頑張って気持ちを奮い立たせた。最後の方は、


うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!
ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!
負けてたまるかあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!


って、ひたすら絶叫しながら、溜まり場から使えそうなものを選んで、下書きした場所に運んで並べて…って作業を続けてました。
誰もいないから叫び放題だったし、誰も見てないから泣き放題だったしね(笑)
すんごくクサい書き方なのはわかってるんだけど、オイラにとってこれは、津波との戦いだったんです。
確かに今回の震災で、幸いにもオイラの家族も家も無事でした。だけどこの津波は、オイラにとって故郷と呼べる場所を何もかもぶち壊してくれたんだ。

その津波との一対一の戦い。
誰もいない。誰も見ていない。
称賛も声援もない。
途中で辞めて非難されることもない。

絶叫しながら一人作業を続けてて、ふとオイラは気がついたのです。

「これは男にとってはこれ以上にない、最高の戦いじゃねえか」って。

古くて熱血漢で単細胞なオイラは、そう気づいた途端に痛みもどっかにすっ飛ぶくらい、心から幸せな気分になっていました(笑)
いまは普通の一市民でしかないオイラには、自分の生活を立て直すのだけで精いっぱい。
「るろうに剣心」じゃないけど、せいぜい目の前で困っている人のために、自分が出来ることをやることしか出来ない。みんなのために出来ることなんて何もない。
だけどせめて、復興の手助けをしてくれる人たちに感謝の気持ちを届けるくらいのことは、やり遂げてみせる!!!!
いまのオイラは助けてもらうばっかりで、何にも出来なくたって「ありがとう」と言うことは出来る!!!!
映画でいえばオイラはただのエキストラ。ヒーローでも何でもない。
だけど、ヒーローなんかになれなくたって、ヒーローの力になることは出来る!!!!
例え誰にも気づかれず、オイラ一人の自己満足で終ろうとも…この海に、この砂浜に、この惨劇の跡地に、堂々とオイラの「ありがとう」を刻んでやる!!!!無残な資材たちだって、きっとそれを望んでるはずだ!!!!


よっしゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!
やるぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!


お昼前ぐらいからはじめて、終わったのは3~4時くらい、夕方だったと思います。
とにかく、太陽の光がオレンジがかっていたのは覚えてるので。
とりあえず、完成した時は疲れたのと腹が減ってヘトヘトだったんで、その場に大の字になってぶっ倒れてました(笑)
「燃え尽きたジョー」の気持ちってこんなだろうな~って思うくらい、ここ最近で一番の充実感でいっぱいでした(笑)




クサくて暑苦しいことを散々書きましたが、これが、この「ARIGATO」と書いた時の正直な想いです。
だからこそ…このニュースを知った時は涙が止まりませんでした。
オイラが1日に書いた「ARIGATO」はばっちり3日まで残り、パイロットさんに気づいてもらえたんだ!!!!

「ありがとう」とは国や言葉の壁を越えるだけじゃなく、空の上にだって届く!!!!

こんなに嬉しいことはありません!!!!
本当、あの日以来、毎日感動しっぱなしです♪
「ありがとう」と伝えに行った筈なのに、オイラが一番感謝の気持ちでいっぱいになってますよ、まったくもう(笑)
「ありがとうには及びません」ってカッコよ過ぎだこんにゃろう!!!!

  1. 2012/03/11(日) 14:46:18|
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『オイラのありがとう作戦』の話

 昨年4月に話題になった「オペレーション・アリガトウ」は、現在でも当ブログで継続して最もアクセスのあるエントリーの一つだが、トモダチ作戦が終了して1年以上が経った現在でも
  1. 2012/07/28(土) 20:59:57 |
  2. Red Fox
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